荒野のアンスリウム
あれからそれなりに時は過ぎた。
瑚太郎「よし、今日はここまでっと」
荒れた大地、閉じた世界の未踏の地。二人で生きていくことは並大抵の苦労ではない。
傾きかけた太陽でおおまかな時間をはかる。今日の作業は順調に終わった。
瑚太郎「…これ本当に牛肉の食感がするのか?」
畑でとれたサボテン。まだ食べたことはない。この間連絡用の魔物がついでに持ってきたものを栽培してみたのだ。
同封の手紙によると開発は成功したらしい。本当なら画期的なことだろう。
この世界で鶏肉以外の肉は皆無といってもいいからだ――――
かつて世界は大きく変動した。天変地異のことごとくがすべてを飲み込んだ。
多くの命が失われた。そしてわずかな命がこの閉じた世界に避難した。
生き延びた人々は以前と比べ、原始的な生活に立ち戻った。
罪、世界を滅ぼしたといえるその罪は軽いものではない。
家族を失った人、恋人を失った人、友人を失った人。
全ての人が何かをあの時失った。その悔しさ、無念さは想像を絶するものだ。
しかし、その罪を償うために俺たちはここにいる。
瑚太郎「ただいま」
扉をあけ帰宅を告げる。見渡す限りの不毛の大地。ぽつんと建つ1軒の小屋。
制作者イメージはコテージ。ここにきて最初の仕事は家づくりだった。
ほとんど一人で作ったが、出来には自信があった。もしかして俺には建築の才能があるのではなかろうか。
将来家族が増えたときには増築もしないといけないだろう。隠れた才能の発見に少し浮かれ気分になっていた。
朱音「おかえりなさい、瑚た…」
開いた扉が外れて落ちた。
――――
瑚太郎「うん、これでいい」
扉に応急処置を施して手製の椅子に座る。
修理をするにも資材がいる。しかし限られた生活ではそう簡単に資材を使えない。
最低限の処置として、自分で編んだ縄と拾った石でうまいことやっておいた。
朱音「前からちょっと怪しかったけど、ついに壊れたわね…」
残念そうな顔をしながらテーブルに皿を並べている。
今日のメニューは育つのが早い野菜の炒め物と、持ってきた穀物をふやかしたお粥のようなものだ。
自作の穀物がとれるようになるのはもう少ししてからだ。
そういえば、忘れていた。
瑚太郎「サボテンがとれてきたんだ。食べてみないか?」
朱音が苦虫を噛んだような顔をする。
朱音「別にいいけど、苦いのは嫌よ」
瑚太郎「ほらこないだ吉野からリーフバードがきたろ。あのときの牛肉サボテン。もう栽培できたんだ。炒めて食べる」
朱音「あら…随分早いのね。まだ石使えるかしら」
朱音が少し慌ただしく台所に戻る。
この世界で火はほとんど使えない。資源の消費が激しく、環境への影響が大きいからだ。
そこで考えだされたのが石を使うこと。この地の日光はそこそこ強い。
持ち込んできたレンズをうまく使って石のフライパンを温めて夕方の料理に使うのだ。
暖まった石は寒い季節には暖房としても活躍するだろう。
朱音「大丈夫みたい、サボテンちょうだい」
朱音もだいぶ明るくなったと思う。
こちらの世界に来た当初と比べてはもちろんだが、ここに来てから日に日に明るくなっている。
夜寝るときに多いのだが、突然泣き出したりすることもある。それも最近は落ち着いた。
罪の意識が無くなることは永劫ないだろう。けれど罪の重さに潰されることも、またないだろう。
生きている。二人で精一杯。罪を抱えたまま。それが贖罪なのだ。
朱音「ぼーっとしてないでサボテン。石が冷えるわ」
瑚太郎「はい…」
そして幸せなのだ。
――――
サボテンの味は想像以上だった。
炒めて塩を振っただけ、それなのに噛めば肉汁のようなものが溢れでて繊維はまるで肉のよう。
少し物足りなかった食事もこれからは彩り豊かになるかもしれない。グッジョブ吉野。
朱音「瑚太郎、お茶」
瑚太郎「へい、ただいま」
食事の用意は朱音が、そして食後のお茶の用意は自分が。自然と決まった役割分担。
穀物の殻で作るお茶は最初こそ苦手だったものの慣れればどうということはない。
オレンジの強まった陽光が朱音の片頬に指す。
かつて部室でそうしたように椅子にふんぞり替えってお茶を飲む姿はむしろ微笑ましいとさえ思う。
朱音「ど、どうしたのよニヤニヤして」
瑚太郎「いや、朱音さんかわいいなって」
朱音「くっ…」
いつだったか、彼女が夜の部室でアイスを食べていたときのことを思い出した。
陽光の差してないほうの頬もオレンジ色になった。
―――――
日が昇ると同時に目が覚める。隣には朱音がいる。
資材が少なくて済むからと強引にベッドをひとつにした成果だ。
まだ寝ている朱音を起こさないようにそっとベッドを抜け出す。
瑚太郎「さて今日もがんばりますかね」
―――――
畑仕事は朝が早い。
井戸から汲んできた水をまいて、生えてきた雑草を抜く。
雑草すら生えていなかった土地なのに、不思議なものだ。
雑草は枯らして肥料にするため保存しておく。何一つ無駄にはできない。
それが終わったら土を耕す。
二人とはいえ、それだけ養うにはそれなりの面積の畑がいる。
加工した木材に鉄刃をつけた鍬で固い大地を削るように耕す。
するとやがて朱音が起きて雑事をこなしてから食事の支度を始める。
当初壊滅的だった料理の腕もあがってきた。今では安心して仕事に打ち込める。
昼食を二人でとってからまた耕す。日が傾き始めると家に引き上げて夕食をとり、日没と同時に寝る。
朱音は朱音で食事以外にもすることがある。ほつれた衣服の修繕だったり、洗濯だったり、食器を作ったり、まあ家事全般だ。
収穫のときは畑仕事を手伝ってもらうこともある。そうやって日々を過ごしていく。
―――――
ある日の食後のことだった。
朱音「瑚太郎、これなんだかわかる?」
瑚太郎「そりゃフライパンを置く木台…ってこれは!」
石で削った線が木台の上に縦横8マス。そして朱音の手からは様々な形を象った石がこぼれた。
朱音「特に石を削るのが手間だったわ。でも食後の暇つぶしにいいと思って」
朱音「いい出来でしょ、このしょ――」
瑚太郎「チェスじゃないか!」
朱音「な、何を言ってるのかしら瑚太郎は。これのどこがチェスに見えるというの?」
瑚太郎「見たところコマは6種類だし、将棋ならコマは8種類でマスは9×9マスだから」
朱音「くっ…津久野ォ!」
瑚太郎「あれ、もしかして将棋と間違えました?」
朱音「そ、そんなわけあるわけないじゃない。馬鹿な瑚太郎が将棋と勘違いしたところを笑ってやろうと思っただけよ」
瑚太郎「さいですか…」
朱音「さーチェスね。よしチェスよ。チェスをやってやろうじゃない!」
瑚太郎「なぜ喧嘩腰…」
チェスをすることになった。
―――――
勝負はあっけなかった。
朱音「ふっ、これで終わりよ」
瑚太郎「朱音さん、チェスは取った駒を使えないんですが…」
朱音「え、そうなの?」
瑚太郎「そうです。はい、チェックメイト」
朱音「くっ…卑怯よ瑚太郎」
瑚太郎「実は朱音さん将棋だと思ってたでしょ」
朱音「…気づいてたのね」
瑚太郎「そりゃまあ、ルール知らなすぎですから」
朱音「…津久野が将棋は6つの駒で戦うんだ、って言ってた気がするのよ」
瑚太郎「記憶曖昧じゃないですか」
朱音「ちょうどFPSがいいところだったから聞き流してたのよ…」
津久野さん浮かばれないな。そもそも将棋のルールすら怪しい。
瑚太郎「ルールはまた教えますよ。もう寝ましょう」
朱音「ええ、わかったわ……瑚太郎」
瑚太郎「なんですか?」
朱音「その、期待させてごめんなさい」
瑚太郎「え、なんで?」
朱音「私、ちょっと浮かれてたわ。瑚太郎が畑仕事ばかりで退屈だろうと思ったけど、よく考えれば将棋のルールもわからないし、その…」
瑚太郎「別にいいよ」
体を引き寄せて強く抱きしめる。
朱音「ちょっ、瑚太…っ?」
瑚太郎「そういう気持ちだけで十分だから」
瑚太郎「俺は朱音さんのそういうところ、すごい好きだ」
朱音「こた…んッ!」
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―――――
翌朝。
瑚太郎「少し腰が痛いな…」
瑚太郎「ま、頑張りますか」
今日も一日が始まる。
―――――
麦が穂をつけてきた。これが収穫できればパンのようなものが作れるだろう。
もっとも火が使えない分工夫は必要だが。
瑚太郎「ふー」
額ににじむ汗を拭う。そろそろ耕す時期は終わりだ。植えていた作物の収穫時期が迫っている。
今までもすぐに生るものは順次収穫していたが、今度は本格的な収穫だ。朱音に手伝ってもらうことになる。
それが終われば備蓄を消費し、測量や計測をしながらまた新しい季節を待つ。
欲を言えばもう少し耕せていたらよかったのだが、そっちに気を向かせて生った実を腐らせては元も子もない。
瑚太郎「ん…ありゃなんだ?」
畑から目をあげると見えた、はるか遠方に見える砂煙。何かがこちらに近づいている。
速度は相当なようだ。一体何だろう?
―――――
瑚太郎「…マンモス?」
??「もすっ」
小さい体、顔から伸びる鼻。
どうやら小型のマンモスタイプの魔物のようだ。
何やら袋をひっさげてる。不定期にくる連絡の魔物だろうか。
追放処分の身なのでそうそう誰かと連絡をとってはいけないと思うのだが、来るのだから仕方ない。
瑚太郎「どれどれ…あらためさせてもらいますよっと」
マンモスから袋を外す。
袋の中にはここでは作れない必要な物資や何故か木の彫り物、他にも何かと便利そうなものが入っていた。
そして手紙まで入っている。あとで読もう。
瑚太郎「ちびもす…2号?」
ちびもす2号「もっ!」
首輪のところにタグがあった。
[ちびもす2号! マンモスタイプで馬力0.5ヨシノのすごいやつ! 小鳥さんご自慢の魔物。迷子なら交番にあずけてね]
瑚太郎「お前…本当にちびもすなのか?」
ちびもす2号「もっ」
当たり前のこと聞くなよボーイ。とちびもす2号は鼻を鳴らす。
もちろん勝手なアテレコだ。
手紙を開く。
瑚太郎「…小鳥だ」
手紙いっぱいにびっしりと書かれた文章。
そこに書かれていたのは色々なことだった。
なんとかこちらの世界に来ることができたこと、何故か魔物使いとしての素質に目覚めてそれを仕事にしていること。
偶然再会した吉野から話を聞いて自分も何か助けになればと思い自分の魔物をよこしたこと。
このちびもすはそれなりにぱわふるなので耕すのにでも使って適当な時期に返してくれればいいということ。
しかしちびもすは魔物なので見た目マンモスでも食べられないこと。
そして袋の中の品物について説明したあと、朱音にもよろしくと最後に書いてあった。
瑚太郎「生きてたのか…小鳥」
もういないものと思っていた。森での事件以来その姿を見ていなかった。
顔を思い出す。声を思い出す。思い出が蘇る。懐かしさとともに色々なものがこみ上げてきた。
報告しないと、そう思った。
―――――
朱音「へえ、そう。よかったじゃない」
反応は想像以上に淡白だった。
瑚太郎「その、他にもっと反応ないっすかね朱音さん。小鳥が生きてたんですよ?」
朱音「よかったじゃない」
先程の手紙を読みながらの返事。
表情を代弁するなら「よくなかった」だ。
普段から愛想のいい表情だとはいえないけれども、機嫌が悪そうだ。
瑚太郎「ほら朱音さん、小鳥からの物資がこんなにも」
袋から色々と取り出す。
ナイフなどの金属製のものはほとんど自作が不可能だから重宝する。
物資をテーブルの上に並べ、彫り物は適当に棚の上に飾っておく。
朱音「よかったわね」
瑚太郎「…何がそんなに不機嫌なんですか」
朱音「あら、天王寺はそんなに私の不機嫌の理由が知りたくて?」
いつの間にか苗字で呼ばれている。
ちなみに現在両者ともに天王寺姓だ。
瑚太郎「もちろん、知りたいですよ」
朱音「もちろんあなたと私の間、隠し事は無しにしたいわ」
朱音「けれどあなたは覚悟が出来てるのかしら?」
随分と挑発的な態度。久々のそれに思わずむっとして言い返す。
瑚太郎「覚悟ってんなら、俺はどこへでもついて行くと言いましたよ」
朱音「そうだったわね。ごめんなさい。少し取り乱してたわ」
朱音「ああ、私としたことがなんて情けないのかしら。あなたのことを疑うなんて」
朱音「それじゃあ、あなたの言葉を信じて正直に言いましょうか」
瑚太郎「……」
ここにたどり着いてから初めての修羅場な気がしないでもない。
自然と手のひらに汗がにじむ。
朱音「生理がこないのよ」
瑚太郎「え…」
幾星霜が一時に過ぎたような一瞬、そして思考が駆け巡る。
どうやって3人で生きていく? 朱音が動けない間の家事はどうする?
それに出産は? 本は持ってきたが自分一人でできるのか?
いやそれよりも名前は、男の子だったら、いや女の子のほうが名前は大事だ。
大きくなったらキャッチボールできるという点で男の子のほうがしかし女の子がいたほうが
いやまて一姫二太郎というくらいだから最初は女の子のほうがいいだろう
しかし第二子というがそれだけ養うにはどれだけ畑を広げなければならないのだろう
それに教育はどうすればいい。親としては立派な大人になってほしいものだ
いやむしろ子だくさんで大家族というのも楽しいかもしれないそれこそひとつの村ができてしまうくら
朱音「ちなみにもうおっぱいは出るわ」
瑚太郎「なに…」
ドキドキのフレーズに思考が停止した。
朱音「ちなみに全部嘘よ。ちゃんと生理はきてるわ」
思考再開。
瑚太郎「あんたは俺の夢を踏みにじった…!」
朱音「つくづくアホね。畑仕事に戻ってなさい」
ちびもす2号「もすっ」
何故か朱音に懐いたちびもす2号に引きずられ畑仕事に戻るのであった。
―――――
しかしどう考えても不機嫌だった。
瑚太郎「ほら朱音さんチェスやりましょうよ」
朱音「あら、私はちびもすと戯れるからあなたを構ってる暇はなくってよ」
ちびもす2号はといえば持ち前のパワフルさで一気に畑を耕した。救世主だ。かつての世界の農耕牛なんて目じゃない。
今は朱音の膝上でたいそうにくつろいでいる。
瑚太郎「だが納得いかねえ…」
朱音「瑚太郎は私が子供に構うようになってもこうなるのかしらねえ、ちびもす?」
ちびもす2号「もっ」
猫のようにのどをくすぐられ目を閉じるちびもす。マンモスとしてのプライドはどこに行った。
瑚太郎「子供できてないじゃないか…」
朱音「でもいずれは訪れる未来じゃないかしら? あんなこと繰り返すようじゃ」
瑚太郎「マ、マンモスがいる前でそんな話をするんじゃないっ!」
朱音「魔物よ。別に子供ってわけでもないんだから」
瑚太郎「ちびもすが蔑んだ目で見てくるんだよ…」
人語を理解しているのだろうか。
朱音「にしても、魔物の雰囲気が薄いわね、この子は」
瑚太郎「そうなんすか?」
朱音「まあ極端な自立型ってところかしら。あの子にこんな才能があったなんてね」
瑚太郎「にしてもこの暴力性どーにかなんないっすかね」
ちびもす2号「もっ!」
瑚太郎「ふぐあっ!」
朱音「馬鹿らしい。私はもう寝るわ。」
瑚太郎「あ、じゃあ俺も」
朱音「一緒に寝たくないの。あなたがベッドに入るなら私は床で寝るわ。ちびもす、きなさい」
選択肢を与えつつ既にベッドで寝る気満々だ。
瑚太郎「ひっでえ」
その日は固い床の上で夜を過ごした。
―――――
――― 一瞬よぎった可能性 ―――
―――― あのとき、もう一つの選択肢があったのなら ―――――
―――― それでも選んでくれたのだろうか ―――――
―――― 自信を得るには過去は辛く、重過ぎた ―――――
―――― 例えそれが他人から見れば一笑に付されるような考えでも、このふたりだけの世界では簡単に増幅されてしまう ―――――
――――― どんな世界だったとしても、どんな記憶だったとしても、側にいたいと思うようになっていた ―――――
――――― それは依存なのかもしれない ―――――
――――― それは、依存なのだろうか? ―――――
―――――
~~~~~~
篝「どうもこんにちは篝ちゃんです」
瑚太郎「ここは…いったい」
篝「今回あなた達二人の行動を観察していましたが、男性というのはこうも鈍いものなのでしょうか。と女性心理を多少学習した篝ちゃんは失望を顕にしつつ
こうも鈍いならホモ・サピエンスは種族としてどーかと思うのでここでさっくり歌っちゃおうかと思ってます」
瑚太郎「やめろ! そもそもこの世界にお前は存在しないはずだろ!」
篝「たかがSSごときで設定を遵守というのもおかしい話です。篝ちゃんは出番が得られるなら矛盾すら克服するのです」
瑚太郎「くそっ、どうしたらいいんだ!」
篝「篝ちゃんにもっと良い記憶をみせてください」
瑚太郎「良い記憶…」
篝「具体的に言うならイチャラブです。あーもうどうしようもないわこの発情猿共が、と思わせるくらいイチャラブすればいいのです」
瑚太郎「でも俺朱音怒らせてるし…まず仲直りしないと」
篝「機嫌が悪くなった境目で何か変化があったはずです。女性心理をマスターした篝ちゃんはそこが怪しいと踏んでます」
瑚太郎「なるほど。すごいな!」
篝「ほめられるのも悪い気はしないと篝ちゃんは正直に嬉しがります。それでは」
~~~~~~~
――――――
ひどい夢だった。
瑚太郎「うおおお頭痛があああ」
具体的には覚えてないが、著しく合理性を欠いていたような夢だった。
床で寝たせいだろうか。そんな物理的原因でこうも精神的に削られるものなのだろうか。
朱音はまだ寝ていた。ちびもすを起こして畑仕事に出る。
雑草を引っこ抜きながら昨日の流れを思い出す。
朱音が不機嫌になったのは小鳥の手紙を携えたこのマンモスが来てからだ。
小鳥が生きていたことが不都合だった? それなら罪の意識で苦しむはずがない。
なら考えられる可能性は……
瑚太郎「もしかして、小鳥に嫉妬してる?」
ちびもす2号「もー」
作業中のちびもすから、何言ってんだこのアホは、という目で見られる。
しかしあながち間違いとは言えないのではないかという自信がなぜかあった。
傍からみれば小鳥との仲は恋人と誤解されることもあった。
オカ研の活動のときに朱音から猿のつがい扱いされたこともあった。
ならば
小鳥が生きていた→感動の再会→泥棒猫!?
というアラートが朱音の中で鳴り響いていたに違いない。
瑚太郎「ばっかだなあ、朱音さんも。心配性すぎる。そもそも追放処分だぞ俺」
ちびもす2号「も」
全くわかってねえよこいつは…いっぺんビンタくらってこい。という目で見てくる。
――――
朱音「馬っっ鹿じゃないのっ!!」
朝思いついたことを昼食時全て話したところ、かなり本気のビンタをくらった。
――――
瑚太郎「いってえ…」
鏡で見たら見事な紅葉だった。無茶苦茶痛かった。いい線いってたと思ったのだが。
それでも夕食はきちんと二人で取った。ちびもすも一緒だ。あいつが食う必要があるのか疑問だが。
普段より何故か豪華な夕食が妙に恐怖だった。ちなみに一言も口を聞いちゃくれなかった。
――――
日が沈んだ。寝る時間だ。それでも寝付けず外に出た。
久しぶりに夜の空気を吸った。星がまたたいているから完全な暗闇というわけでもない。
むしろ家の中よりかなり明るいかもしれない。
瑚太郎「…どうしたもんかね」
すっごい気まずい。なんとなく持ってきた木の彫り物を弄ぶ。何故か妙に手に馴染む。
懐の手紙を取り出して読みなおす。朱音の不機嫌の原因があるかもしれないからだ。
最初こそ暗くて読みづらかったが人類の順応性はそこそこ高いらしい。じき慣れた。
瑚太郎「駄目だ。やっぱりわからん」
特に不機嫌になる理由が見当たらない。
それこそほとんどが形式的な文章だし、突っ込みどころがなさすぎて逆に小鳥らしくないくらいだ。
手紙の宛名だって天王寺 瑚太郎 朱音 夫妻へ となっている。
これで瑚太郎としか書かれていなかったらそこらへんかと推測も建つのだけれど。
ちびもす2号「もっもっ」
いつの間にかちびもすまで外に出てきてた。
瑚太郎「いいのか? 朱音と一緒に寝なくて」
ちびもす2号「もっもっ」
ちびもすは鼻で器用に手紙を封筒ごと奪う。
瑚太郎「大事な手紙だぞ丁寧に扱えよ」
そしてこれまた器用に封筒だけを引き裂いた。
瑚太郎「お、おまっ!!」
しかしちびもすは動じることなく引き裂かれた封筒の一片を突きつけてきた。
封筒の内側にあたる部分には文字が書かれていた。
瑚太郎「……なんだこれ?」
小鳥「PS、この手紙が届いた後で困った事が起きたら木の彫り物を握って念じる☆」
瑚太郎「……なんだそれ?」
ちびもす2号「もっもっ!」
瑚太郎「やれってか」
ちびもす2号「もっ」
たしかに小鳥の字だ。ちょうど彫り物も持ってたので手に握って念じてみる。
―
――
―――
小鳥「はろ~」
瑚太郎「うお、小鳥!?」
今小鳥の声が聞こえた。
小鳥「瑚太郎君、彫り物は絶対に離しちゃだめだよ」
瑚太郎「心が読めるのか?」
小鳥「これはあらかじめこの魔物レコーダー木彫りちゃんに録音してあるのです」
瑚太郎「会話がつながってる!?」
小鳥「これを再生してるってことはたぶん会長さんが不機嫌なんだと思う」
小鳥「そしてたぶん私が原因なんだと思うのです」
小鳥「でも悪いのは瑚太郎君なので安心して反省してください」
小鳥「瑚太郎君は会長さんを選んだんだから、会長さんを大事にしないとダメだよ?」
小鳥「まさかとは思うけど、私だけ呼び捨てにしたりとかしてないよね?」
小鳥「小鳥さん瑚太郎君が心配でたまらな―うわわーっ!」
?「瑚太郎?」
小鳥「こらしまこ、おねーさんの部屋に入ってきちゃだめでしょ!」
しまこ「瑚太郎なの?」
小鳥「もー、そだよ。瑚太郎。朱音ちゃんもいるから、ほらあいさつ」
しまこ「瑚太郎、朱音、元気?」
小鳥「返事はしてくれないから、元気だよーってアピールしてごらん」
ぶんっぶんっ
小鳥「あー! 儀式陣がー!」
ぐしゃっ
しばらくノイズだらけになる。
小鳥「あーてすてす」
小鳥「この音声データは試聴後、しまこが庭で私と遊びまくる映像にすり替えられるであろう…アデオス」
その後何度念じても彫り物のうえにしまこと小鳥が遊ぶ映像が浮かび上がるだけだった。これはこれですごい技術だが
瑚太郎「そういうこと…か」
些細なことだ。
でも朱音にとってはとても大事なことだったんだろう。
瑚太郎「ちびもす」
ちびもす2号「もっ」
瑚太郎「お前明日帰れ」
ちびもす2号「もっ!?」
瑚太郎「もう大丈夫だ」
ちびもす2号「もっ…」
瑚太郎「帰らないとお前を輪切りにして原始人みたいにかっ食らう」
ちびもす2号「もっ!?」
瑚太郎「とりあえず外で待機。ここからは二人のお話だ」
ちびもす2号「…もすっ!」
ちびもすは勢い良く畑の方へと駆けていった。
―――――
そっと扉を開けた。外よりも暗い室内は静けさで満ちている。
だけど、まだ起きている気配がした。
ベッドの端に座る。朱音は向こうを向いて寝た姿勢のままだ。
朱音「どこ行ってたのかしら?」
瑚太郎「ちょっと反省して頭冷やしてきました」
朱音「…何を言ってるのかしら」
瑚太郎「別に距離開けてたとか、そんなわけじゃない」
朱音「……」
瑚太郎「ただ、タイミングが無かったってだけで…だから今日をタイミングにしたいと思うんだ」
朱音「…わかったわ」
瑚太郎「これからは朱音って呼び捨てでいいか?」
朱音「いいわよ…でもね、違うのよ」
瑚太郎「え?」
ぎゅ、と腰に抱きつく人肌の暖かさが、せいぜい数日ぶりなのに懐かしく感じた。
朱音「傲慢かもしれないけど、あなたが私を愛してくれてるのは感じてる」
朱音「でもあの時、手紙を持ってきた時にそれを一瞬疑って…そんな自分が嫌で嫌で仕方なかったの」
朱音「私は罪を償わないといけないのに、あなたといると楽しくて。でもそれを疑う自分が」
朱音「それで苛立って、当たってた。瑚太郎は悪くないの」
瑚太郎「…朱音」
朱音は静かに泣いていた。
そっと、優しく頭を撫でてやる。甘えるように頭を擦りつけてくる。
瑚太郎「俺も、朱音といると楽しい。一緒にいたいから一緒にいる。絶対に離れない」
朱音「そう、すごい嬉しいわ」
涙を拭う姿さえ愛らしかった。
そのまま立って引き出しから何かを取り出した。
朱音「瑚太郎、目をつぶって」
言われたとおり目をつむる。
首に何かかけられる感触がした。
朱音「いいわよ、開けて」
瑚太郎「これは?」
朱音「アクセサリー…みたいなものよ。小さいけど、エメラルド。持ってたの。ちょうどよかったし」
緑色に光る石のアクセサリーだ。
とても綺麗な輝きを放っている。
瑚太郎「すごい…嬉しい」
単純な感想しかでてこない。
朱音「そう、よかったわね」
暗闇でよくわからないが、朱音はそっぽを向いている。
泣き顔をみられるのが恥ずかしいのだろうか。
朱音「ちょ…瑚太郎!?」
だから後ろから抱きついてやった。
瑚太郎「朱音、好きだ」
朱音「恥ずかしいこと言わないでちょうだい」
瑚太郎「でも好きだ」
朱音「~っ」
顔が真っ赤になってるのが自分の頬の感覚を伝ってくる。
これからもずっと二人で生きていく。
そんな日々がこれから待ち受けているかと思うと居ても立ってもいられなかった。
朱音への気持ちを再確認できた。
これからも諍いはあるかもしれない。
でもその度にこうやって乗り越えていけると思う。
だって本当に、好きなのだ。どうしようもなく。
あとがき※ネタバレ含みます
久しぶりのSSです。本当は文章中で説明すべきなのですが、筆力不足で伝わってるか微妙な部分をまじえつつあとがきにしたいかと。
今までの文以上に自慰的要素満載です。わけわからん、とか突っ込みどころがある! は可能なかぎりここで説明したいと思います。
基本的に作者のオ○ニー要素が強いry大事なことなので二度言いました。引き返すなら今だ!
まず設定ですが、ED後の追放された場所を舞台にしています。2人きりで追放された場所での生活、というともの寂しく感じます。
ですがまがりなりにも英雄です。作中でも民衆は瑚太郎に対し複雑な感情を抱いており、ただ憎しみを向けられていたわけではありません。
そしてクリアした方はおわかりかと思いますが警察の方や編集長さん、そして吉野と瑚太郎達には味方がいます。
未踏の地を2人きりで生きていくというイメージが自分にどうしてもわかなかったので不定期ながらも彼らからの支援があったという設定に作中ではしています。
チェスはただの思いつきです。
閉じた世界は電気がなく、お得意のFPSもできません。そして電気がない(火は原則使えない)ということは日が暮れると一日が終わることを意味します。
となるとかつての世界と比較して活動時間が非常に短くなります。そして原始的な生活に立ち返ってるため、農作業など生活していくためにかける時間が増えます。
すると2人きりの生活とはいえ一緒に過ごす時間というのは2人きりというには短いのではないかと想像したのです。ですから文中での食事は常に一緒にとっています。
さて話がそれましたが、チェスです。かつての世界のテレビゲームのようなものはありませんから、自然とボードゲームという考えに行き着きました。
これなら2人で遊べますし、準備もあまり必要ありません。家事の合間合間に少しずつ、2人で遊ぶために作っていたと考えると設定を作った自身ですら身悶えします。
将棋と勘違いしたのは朱音√で瑚太郎しまことの3人でゲームの苦手っぷりから、あんまり知らないのだろうと妄想した結果です。
小鳥はまーご都合キャラですね。コトラーの方すいません。
自分の意見としては作中では生きていると言い切れない部分がありますが必要だったので生きててもらいました。
鍵の守護者として森にいたと思いますが、ガイアとガーディアンの戦いのなかでどうなったか。
仮にガイアに囚われていたとすると、朱音の発言と矛盾しますがあえて朱音がそう言ったのかもしれないという可能性も(瑚太郎との約束を考えれば限りなくゼロですが)
朱音√では他ヒロインがほとんど出てきませんのでヒロイン一杯出せるんじゃないかと思ったりしましたがよくよく考えるとガーディアンは全滅でしょう。
なのでまだ一見した不自然度が低い小鳥が出演とあいなりました。ちはやなにそれおいしいの
小鳥が魔物を使える設定ですが、魔力はともかく頑張ればできるんじゃないかと。
本来パワースポットがないとまともに使えないはずですが、きっと超省エネな魔物でも考えだしたんだよ。と思考放棄してます。
ちびもすは老朽化が進んでいた(と作中で書いてあった気がする)ので2代目です。カムフラージュの意味が無いので今回は誰が見ても恥ずかしくないマンモスとなっています。
馬力なのに単位がヨシノというのはご愛嬌です。
そして小鳥には重大な役目がありました。朱音の嫉妬トリガーを引く役目です。
作中でたしか瑚太郎は朱音を呼び捨てにしたのは1回だけ(地竜との対決のとき?)です。
地の文ではちらほら呼び捨てにしてた気がしないでもないですが。
しかし小鳥は最初っから小鳥です。混じりっけなしに小鳥です。
朱音が(一応)年上という設定ですが、恋人でさんづけは他人行儀な気がしなくもないなと。一方小鳥は小鳥と呼び捨てでした。
そしてあらためて小鳥からの連絡に喜ぶ瑚太郎と、自分と小鳥との扱いの違いに朱音さんの嫉妬トリガーが引かれます。
ただ嫉妬とはいっても自己嫌悪のタイプのやつを意識して書きました。
嫉妬は一瞬です。すぐに思い直します。瑚太郎は悪くないと。この時点で朱音の頭から小鳥への嫉妬はないと仮定してます。
そこで一つの考えに至ります。それが「一瞬よぎった…」の文とつながります。この文は朱音というより神の視点に近いですが
もし世界が崩壊しなかったら、もしあの森で小鳥が行方知れずにならなかったら、今はどうなっていただろう?
今は荒野で2人きりで生活しています。決して楽とはいえません。
彼をもっと幸せにできたのではないだろうか、こんな事態を引き起こした私は…とループに陥り、罪悪感が増幅します。
しかし後悔こそあれど今の2人の生活に朱音は幸せを感じています。それがさらに罪悪感を引き起こさせます。
結果として表面にこそ具体的に出ませんでしたが、代わりに不機嫌そうな態度として出てきます。
もちろん典型的主人公を演じてもらう瑚太郎君に自ずと気づかれてもらうわけにもいきませんから、また小鳥を使います。
木彫りのやつは、ちはや√で使われていた魔物の応用みたいなものです。
喧嘩になることすら想定してそこまで用意する小鳥△とならざるを得ない万能キャラ展開ですが、さすがにキャラ崩壊著しいと感じました。
なのでしまこを登場させてます。
しまこは魔物使いです。貴重な能力ですので、閉じられた世界では自然と魔物使い同士の交流が活発になることでしょう。
そして魔物使いになった小鳥との出会いがあり、まだ幼いしまこを小鳥が引き取る…という裏設定があります。
小鳥に家族としての存在を与えることで立ち直りを描きつつ、小鳥さん万能キャラすぎるので落とし所を探す意味でのしまこです。
ここまで書いてた時点で大好きな朱音さんがただの嫉妬キャラになりそうだと気づいたので
本来はもうちょい遠まわしに表現する予定だった部分を直接的な表現に変えてます。
しかしそれでも弱いと感じたので、最後にプレゼントでお茶を濁しています。
プレゼントですが、瑚太郎の誕生日は5月らしいので5月の誕生石であるエメラルドにしました。
もうちょい造詣が深ければオカルトがらみの恋のおまじないとかにして
朱音さんでもそういうの信じてるんですね(微笑)
とかやりたかったんですが無理でした。
ここらへんは空も白み始めて書いてた記憶も曖昧でした。やや中途半端な締めではあります。
総括して
最後に希望をもたせているものの、ただお気楽なハッピーなエンドではないと思います。
瑚太郎は今回の朱音の本質的な部分を見ぬいていたわけではありません。
また朱音は罪の意識を背負いすぎて、意識しすぎている部分があります。
それでも、好きという気持ちは全てを乗り越えられるんだと。
こんな蛇足もいいところのあとがきを書いたり、思い立ったその日に徹夜でSS書いたり、薄い本に大量の投資をしたりとか。
荒野に2人きりで生きていくことになっても、永遠に許されない罪があったのだとしても。
傍から見てればアホみたいなことでも、好きという一念があればどうとでもなるんだ。
そんな厨二もいいところの考えを書きたかったのです。おわり
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